須崎家、訪問

神風零様が書いて下さったこちらの小説の、神谷貴志sideです

 なぁ正史よ。のうのうと生きてるだけじゃあ、何も得られはせんだろう。
 どんな犠牲も厭わぬくらいの気概がなけりゃ、欲しいものなど手にすることはできん。

 ――あの男のようになぁ。





 「いらっしゃい、神谷さん」
 「立派になったもんだ。正史くん」
 須崎家分家を訪ねてきた神谷を正史は玄関で出迎えた。本来なら女中の役目であるそれを正史が請け負ったのには理由がある。
 分家の使用人たちはどうにも神谷貴志という男が恐ろしいらしく、近づきたがらないのだ。唯一彼と話ができる藤野という使用人は、今出かけてしまっている。
 「どれ程ぶりでしょうか?」
 「さあな。もっと早く伺う予定だったんだが」
 「お忙しいのでしょう」
 正史はひとまず客間へと案内しながら神谷と言葉を交わす。数度会ったことがあるが、正史が神谷を恐ろしいと思ったことは一度もない。一体何が恐ろしいのだろう――不思議でたまらない事実だ。

 長い廊下を渡って客間に着くと、既にお茶が用意されていた。顔を見ないように、しかし冷めたお茶を出すわけにはいかないと、女中が機会を伺って用意したものらしい。
 正史は内心苦笑する。
 「すみません、神谷さん」
 思わず謝罪の言葉を口にしていた。何の前振りもなく発せられたその言葉の意味を神谷は理解していたらしく、口の端を吊り上げる。
 「謝られる意味が分かりませんな」
 「ではどうか、さっきの言葉はお気になさらずに」
 「そうしよう」
 正史は思わずくすくすと笑ってしまった。
 「やはり貴方は、祖父から聞いていた通りの方だ」
 「ほう。彼は私をどのように?」
 「“とても気持ちの良い人物だ”と」
 「そのように私を形容される人間も珍しい」
 「そうですか? 私はその通りだと思います」
 神谷は目を細める。そして品定めをするように正史を見据えた。
 線の細い、華奢な青年だ。色白で儚げな印象がある。須崎家に生まれた者らしく上品で、戦場とは…自分とは、対極にいるような男だ。
 そうだというのにそのような評価をしてくるとは――神谷には興味深かった。
 「君の心が……」

 本当に、私の本質を理解していると?

 正史はぞっとしたものを感じた。
 まさか、と思う。まさかこれが、皆が彼に感じる恐怖なのか。
 神谷の瞳から目が離せない。
 心の奥底まで侵入されているようだ。……気分が悪い。

 「失礼します」

 正史ははっと我に返った。襖の向こうからした声にあわてて反応する。
 「何だ?」
 「正史様。お開けしてもよろしいでしょうか」
 「……藤野か。帰って来たんだね。ああ、いいよ」
 藤野は襖を開けた。廊下に恭しく正座していて、正史と神谷に向かって礼をする。
 「旦那様のお遣いに行って参りまして、いいお茶菓子が手に入ったものですから。お客様にも召し上がっていただければと」
 「ありがとう」
 「いや、正史くん。先に線香をあげさせていただいても?」
 神谷の空気が元に戻っているのに安心し、正史は答える。
 「そうですね。案内しましょう。藤野、茶菓子の準備を頼む」
 「かしこまりました」



 広い座敷の部屋に仏壇はあった。手入れを怠らないおかげで光沢のある仏壇の前に2人は正座する。
 写真があった。正史の祖父の写真だ。
 「本当に世話になった」
 線香をあげ、手を合わせる神谷を横目で見て、正史は祖父の言葉を思い出す。

 『なぁ正史よ』

 『あの男は気持ちがいい』

 『自分の望みのためになら、奴は手段を選ばんよ』

 ――お祖父様。
 欲しいものがあるんです。
 欲しくて欲しくて、たまらないものがあるんです。

 『どんな犠牲も厭わぬくらいの気概がなけりゃ、欲しいものなど手にすることはできん』

 「神谷さん」
 呼ばれ、神谷は正史を見た。
 「神谷さん、貴方は自分の望みのために犠牲にしてきたものを、振り返りますか」
 神谷は笑みを浮かべる。
 同時にそういうことかと納得した。目の前の華奢な青年の、瞳の奥にある何か。
 「“振り返らない”と、そう言って欲しいのだろう?」
 「それは……」
 「欲しい答えを待つ質問など卑怯だ。君にはそんな、些細な後押しが必要か?」
 「私に……」
 正史はごくりと唾を呑んだ。

 欲しくて欲しくて、たまらないものがある。
 でもそれは他人のもの。
 手に入れることを、躊躇ってしまうもの。
 手に入れるために行うべきことは、きちんと理解している。

 「私に、貴志を裏切れますか?」

 沈黙が流れた。
 神谷は仏壇の前で煙草に火をつける。
 「――自分の中に、既に答えはあるのだろう。君は以前から不思議と私に好意的だったな。それだけで素質は十分だ。本当に興味深い。外見に似合わないその心が、私は嫌いじゃない。何かを望むというのなら、奪うことに躊躇はするな。人なんて、初めから持っているものの方が少ない」
 「動かなければ、何も手に入らない」
 「その通りだ」
 煙が天井に漂う。
 正史はそれを無言で眺めた。

 ああ、まるで自分の心のよう。

 障子を開けて煙を座敷の外に逃がす。
 廊下に出るとその窓も開けた。

 天まで、まっすぐ、立ち上れ。

 「神谷さん…貴方の望みとは、何ですか?」
 廊下で空を見つめる正史の横に、神谷は立った。
 「申し訳ないが、口にする気はないな」
 「そうですか」
 正史は神谷に微笑みかける。
 「今日、貴方に会えて良かった」





 なあ、貴志。
 私はお前を、裏切るよ。


神風零様の「桜花」とのコラボです!
神谷貴志大佐をお借りしました! 神風零様ありがとうございます^^
是非是非、「桜花」本編もお楽しみ下さい↓

大和雪原

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